き鳴らす刃物かとも思い、ちょっとの間ぎょっとしたが、さりげない様子で根気よくむす子に室内の家具の配置を定めさせた。浴室の境の壁際に寝台を、それと反対の室の隅にピアノを据えて、それとあまり遠くなく、珈琲を飲むテーブルを置く。しまいに、茶道具の置き場所まで、こまかく気を配った。
 それは、むす子の生活に便利なよう、母親としての心遣いには相違なかったが、しかし、肝腎《かんじん》な目的は、かの女自身の心覚えのためだった。かの女は日本へ帰って、むす子の姿を想《おも》い出すのに、むす子が日々の暮しをする部屋と道具の模様や、場取りを、しっかり心に留めて置きたかった。それらの道具の一つ一つに体の位置を定めて暮しているむす子の室内姿を鮮明に想い出せるよう、記憶に取り込むのであった。むす子も、むす子の父親も、かの女の突然なものものしい劃策《かくさく》の幼稚さに呆《あき》れ乍《なが》ら、また名案であるかのように感心もした。
 それからまた、遠く離れて居れば、むす子の健康が、一番心配だとしきりに案じるかの女を安心させるため、むす子はかの女達が、英国や独逸《ドイツ》へ行って居る間に出来た友人で、巴里でも有名なあ
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