ら馴染《なじ》みになっても決して借を拵《こしら》えちゃいけませんよ、嫌がられますよ」
それからアパートへ引返して、昇降機が、一週間のうちには運転し始めることを確め、階段を上って部屋へ行った。
しっとりと落着きながら、ほのぼのと明るい感じの住居だった。画学生の生活らしく、画室の中に、食卓やベッドが持ち込まれていて、その本部屋の外に可愛《かわい》らしい台所と風呂がついていた。
「ほんとうに、いい住居、あんた一人じゃあ、勿体《もったい》ないようねえ」
かの女はそういいながら、うっかりしたことを云い過ぎたと、むす子の顔をみると、むす子は歯牙《しが》にかけず、晴々と笑っていて、「いいものを見せましょうか」と、台所から一挺《いっちょう》日本の木鋏《きばさみ》を持ち出した。
「夏になったらこれで、じょきんじょきんやるんだね。植木鉢を買って来て」
「まあ、どこからそんなものを。お見せよ」
「友達のフランス人が蚤《のみ》の市で見付けて来て、自慢そうに僕に呉れたんだよ。おかしな奴さ」
かの女は、そのキラキラする鋏の刃を見て、むす子が親に訣れた後のなにか青年期の鬱屈《うっくつ》を晴らす為にじょきじょ
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