て、むす子が親と訣《わか》れてから住む部屋の内部の装置を決めにかかった。むす子が住むべき新しいアパートは、巴里の新興の盛り場、モンパルナスから歩いて十五分ほどの、閑静なところに在った。
 そこは旧い貧民街を蚕食《さんしょく》して、モダンな住宅が処々に建ちかかっているという土地柄だった。
 かの女はむす子の棲《す》むアパートの近所を見て歩いた。むす子が、起きてから珈琲を沸すのが面倒な朝や、夜更けて帰りしなに立ち寄るかも知れない小さい箱のようなレストランや、時には自炊もするであろう時の八百屋、パン屋、雑貨食料品店などをむす子に案内して貰って、一々立ち寄ってみた。ある時はとぼとぼと、ある時は威勢よく、また、かなりだらしない風で、親に貰った小遣いをズボンの内ポケットにがちゃがちゃさせながら、これ等の店へ買いに入る様子を、眼の前のむす子と、自分のいない後のむす子とを思い較《くら》べながら、かの女はそれ等の店で用もない少しの買物をした。それ等の店の者は、みな大様《おおよう》で親切だった。
「割合に、みんな、よくして呉《く》れるらしいわね」
「僕あ、すぐ、この辺を牛耳《ぎゅうじ》っちゃうよ」
「いく
前へ 次へ
全171ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング