事業家によくある好意をもって他人の事情を打診する表情で「お子さんはもう巴里に何年ぐらいになりますかな。よほど永いように思いますが――」
かの女は、何となく、老紳士の息子に対して気兼ねが出て、自分のむす子の遊学の話など、すぐ返事が出来なかった。また逸作が代っていった。
「僕等が、昭和四年に洋行するとき、連れて行ったまま、残して来たんです」
「まだ、お年若でしょうに。中学は出られましたかな」
この老紳士は、中学教育に余程力点を置いているらしい。そして逸作からむす子の学歴の説明を聴いてほっとしたように、
「中学も立派に卒業されて、美術学校へ入られた……ほほう、そして美術学校の途中から外国へ出られたというんですな。しかし、何しろ洋画はあちらが本場だから仕方がない」
「学校の先生方も、基礎教育だけは日本でしろとずいぶん止められたんですが、どうにもこれ[#「これ」に傍点](かの女を指して)が置いて行けなかったんで」
すると老紳士は、好人物の顔を丸出しにして褒めそやすようにいった。
「なるほど、ひとり息子さんだからな、それも無理はない」
かの女は他人《ひと》のことばかりに思いやりが良くて、自
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