分の息子には一向無関心らしい老紳士が、粗《あら》っぽく思えて興醒《きょうざ》めた。が、ひょっとすると、この老紳士は自分の気持を他人の上に移して、心やりにする旧官僚風の人物にままある気質の人で、内外では案外、寸刻の間も、自分の息子の上にいたわりの眼を離さないのかも知れない。老父が青年の息子と二人で、春の夜、喫茶店に連れ立って来るなどという風景も、気をつけて見れば、しんみりした眺めである。
かの女は、だんだん老紳士に対する好感が増して行き、慈《いつく》しむような眼《まな》ざしで青年の姿を眺めていると、老紳士は、暗黙の中にそれを感謝するらしく、
「だが、よく、むす子さんを一人で置いて来られましたな。巴里のような誘惑の多い処へ。まだ年若な方を、あすこへ一人置かれることは余程の英断だ」
老紳士は曾《かつ》て外遊視察の途中、彼の都へ数日滞在したときの見聞を思い出して来て、息子の青年には知らしたくない部分だけは独逸語《ドイツご》なぞ使って、一二、巴里|繁昌記《はんじょうき》を語った。老紳士の顔は、すこし弾んで棗《なつめ》の実のような色になった。青年は相変らず、眉根《まゆね》一つ動かさず、孤独でか
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