かの女がやや怯《おび》えている様子をみて逸作が纏《まとま》りよく答えた。
「つまり、これがですな。性質があんまり感情的なんで、却《かえ》って性質とまるで反対な哲学なんて、理智的な方向のものを求めたんでしょうなあ。つまり、女の本能の無意識な自衛的手段でしょうなあ」
「ははあ、そして、それは、何年前位から始めなさった」
 場所柄にしては、あんまり素朴に一身上の事実を根問い葉問いされるものと、かの女はちょっと息を詰めて口を結んだが、ふだん質問する人達には誰へも正直に云っている通りに云った。
「二十年程まえ、感情上の大失敗をしました。研究はそれ以来なのです」
 かの女がいい終るか終らないかに、老紳士は、
「ははあ、それは好い、ふーむ、なるほど」
 そして、伸び上るように室内をきょときょと見廻《みまわ》した。
 感情上のはなしと聞いて、よく世間にある老人のように、うるさいものと思い取り、こういう態度で、暗に、打ち切りを宣告したのかも知れない。こまかい心理の話なぞ、どうせ人に理解して貰えやしまいと普段から諦《あきら》めをつけているかの女は、老紳士の「ははあ、それは好い」と片付けた、そのアッサリし方
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