った。
「え、あれはお売りになるのではなかったんですか。でも、K・Sさんは、日本へ一枚でも残す方がいいと売価をおつけでしたが」
 かの女は冷水のあとにまた温かい湯をうちかけられたような気がした。驚きはそのまま、心の和みが取り戻せた。
「まあ、誰が買いましたの」
「今夜の汽車でお発《た》ちの方だそうですが、是非自分で持って行き度いと、そう仰《おっ》しゃるものですから、もう閉場間際だし、包んでお渡ししました。たった今。この方です」
と事務員の出した売約帳には、昔の字画もそのまま「春日規矩男」と書いてあった。かの女は思わず会場の外に走り出た。そのときかの女は、どやどやとエレヴェーターの前から階段へ移り動いて行く一塊りの人数を見た。降りる機台も機台も満員なので、待ちあぐねた人達らしい。
 人数の重なりがほぐれて階段へかかる、その中の一人に、ハトロン紙の包を抱えた外套《がいとう》の青年を見た。それは規矩男であった。
 規矩男の後姿を見たときにかの女は、規矩男もかの女に気が附いたらしいのを知ったが、かの女の足は一歩もそこから動かなかった。そしてかの女は突立ったままで「ははあ、規矩男も奇抜なことをす
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