に、銀座の宵の人の出盛りが見渡された。
「イチロは、私たちが旅行に出かける前の晩も、私のうちへ送別に来て、夜遅くまで話して行って呉《く》れました」
K・S氏はまず何事より、むす子の話こそ、両親への土産という察しのよさを示して、頻《しき》りにむす子のことを話した。
K・S氏は何度も繰り返して「彼はとても元気です」
箸《はし》をあやしげに操っていた若い夫人が傍から、
「イチロ、ふふふ」と笑った。
かの女はぎょっとして、むす子に何か黙笑によって批判される行動でもあったのかと胸をうたれた。そして夫人の笑の性質によって、それが擯斥《ひんせき》されるべきものであったのか看《み》て取りたく思った。だが、かの女が夫人を凝視したとき、夫人はもう俯向《うつむ》いて、箸で吸物椀《すいものわん》の中を探っていた。
「一郎が何かいたしましたの」
かの女は思わず声高になった。
すると、K・S氏が懸念を速かに取消すように簡略に話して呉れた。
「私たちが結婚して間近い頃でした。イチロが来たので、ビールを飲みながら夜遅くまで芸術論を闘わせました。一口に巴里《パリ》の新しい画派を抽象派《アプストレー》と云いま
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