の交った顔である。むす子が青年期に達した二三年来、一にも二にもむす子を通して世の中を眺めて来た母の顔である。かの女は、向側の窓硝子に映った自分の姿を見るのが嫌になって、寒そうに外套《がいとう》の襟を掻《か》き合せ、くるりと首を振り向けた。所在なさそうに、今度は背中が当っていた後側の窓硝子に、眼を近々とすり寄せて、車外を覗《のぞ》いてみる。
湖面を想像させる冷い硝子の発散気を透して、闇の遠くの正面に、ほの青く照り出された大きな官庁の建物がある。その建物の明るみから前へ逆に照り返されて威厳を帯びた銅像が、シルエットになって見える。銅像の検閲を受ける銃剣の参差《しんし》のように並木の梢《こずえ》が截《き》り込みこまかに、やはりシルエットになって見える。それはかの女が帰朝後間もない散歩の途中、東京で珍しく見つけたマロニエの木々である。日本へ帰って二タ月目に、小蝋燭《ころうそく》を積み立てたようなそのほの白い花を見つけて、かの女はどんなに歓《よろこ》んだことであろう。
巴里という都は、物憎い都である。嘆きや悲しみさえも小唄《こうた》にして、心の傷口を洗って呉れる。媚薬《びやく》の痺《しび》れ
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