、子に対する愛情の方途が間違っているとは思えなかった。彼女は、子を叱咤《しった》したり、苛酷《かこく》にあつかうばかりが子の「人間成長」に役立つものとは思わない。世には切実な愛情の迫力に依《よ》って目覚める人間の魂もある。叱正や苛酷に痩《や》せ荒《すさ》む性情が却《かえ》って多いとも云えようではないか。結局かの女の途方も無い愛情で手擲弾《てなげだん》のように世の中に飛び出して行ったむす子……「だが、僕は無茶にはなり切れませんよ、僕の心の果てにはいつも母の愛情の姿がありますもの……時代は英雄時代じゃなし、親の金でいい加減に楽しんでいればそれでもいい僕等なんだけどな……偉くなれなんて云わない母の愛情が、僕をどうも偉くしそうなんです」
と、むす子はかの女の陰で或人に云ったそうである。
 二人の学生はかの女の思わくも何も知らずにコソコソ話していたが、道筋が大通りに突き当って、映画館のある前の停留場へ来ると急いでバスから降りて行った。


 しばらく、バスは、官庁街の広い通りを揺れて行く。夜更けのような濃い闇《やみ》の色は、硝子窓を鏡にして、かの女の顔を向側に映し出す。派手な童女型と寂しい母の顔
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