、規矩男の大デスクの上の書籍の空間へ置いて行った。規矩男は一つをかの女に与え、自分も一つを飲みながら、
「今日は母が居ないからご馳走《ちそう》がないな。だけどご馳走攻めされなくて煩わしくないでしょう」
でもそう云われればかの女は、それが規矩男の母の美点だとさえ思えて来るのである。煩わしいのはそれが形式で、その他の気持の上での分量を何も相手に与えないから、一方の形式が目立ち過ぎて煩わしく感じられるのだ。
「規矩男さんのお母さんは……」
とかの女が云いかけると、
「まあ僕の母のことは好いです」と抑えて、「あなたゴルキーの母という小説を読みましたか」
「ええ、読んでよ」
「あの母は感心というより可愛《かわ》ゆいな」
「ほんとう。母が始めから子供の理論を理解して共鳴したりしない処がむしろ可愛ゆいわね。子供に神様を取り上げられて悄気《しょげ》ながらも、子供の愛と同時にあの思想に引き入れられちまったのね」
「それはそうと、あなたはむす子さんのいいつけ[#「いいつけ」に傍点]通りの着物の色や柄を買って着ると仰有《おっしゃ》ったね。その襟の赤と黒の色の取り合せも?」
「ええ」
「ふーむ、ユニークな母
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