、帽子を冠《かぶ》ってから、あらためて厠《かわや》へ行き直したり、忘れた持物を探しはじめたりするのが、彼の癖である。
洋行中でも変りはなかった。また例のが始まったと、彼女は苦笑しながら、靴の踵《かかと》の踏み加減を試すために、御影石《みかげいし》の敷石の上に踵を立てて、こちこち表門の方へ、五六歩あゆみ寄った。
門扉は、閂《かんぬき》がかけてある。そして、その閂の上までも一面に、蜘蛛手形《くもでがた》に蔦《つた》の枝が匍《は》っている。扉は全面に陰っているので、今までは判《わか》らなかったが、今かの女が近寄ってみると、ぽちぽちと紅色《べにいろ》の新芽が、無数に蔦の蔓《つる》から生えていた。それは爬虫類《はちゅうるい》の掌のようでもあれば、吹きつけた火の粉のようでもある。
かの女は「まあ!」といって、身体は臆《おく》してうしろへ退いたが、眼は鋭く見詰め寄った。微妙なもの等の野性的な集団を見ることは、女の感覚には、気味の悪いところもあったが、しかし、芽というものが持つ小さい逞《たくま》しいいのちは、かの女の愛感を牽《ひ》いた。
「こんな腐った髪の毛のような蔓からも、やっぱり春になると、
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