す子の鋭い小さい眼も眩《まぶ》しく瞬いて、「こりゃどうもそう真面目《まじめ》に来られちゃ挨拶《あいさつ》に困りますねえ」
と、冗談らしく云って、この問題の討議打切りを宣告した。
 かの女が、ほのかに匂《にお》っているオレンジに塗られたブランデーの揮発性に、けへんけへん噎《む》せながら、デザートのスザンヌを小さいフォークで喰《た》べていると、むす子がのそっと立ち上って握手をして迎える気配がした。かの女が振り向くと、さっきの片頬《かたほお》だけで笑う娘が靠《もた》れ框《がまち》の外に来ていた。
「お邪魔じゃなくって」 
「いいでしょう、おかあさん、この女《ひと》」 
「いいですとも。さあここがいい」かの女は自分の席の傍を指した。かの女に握手をして素直にかの女の隣に坐《すわ》った娘は、 
「お姉さま?」とむす子に訊《き》いた。 
「ママン」むす子は簡単に答えて、その娘が気だるげにかの女に対して観察の眼を働かしている間に、むす子は母親に日本語で話した。 
「この女はね。よく捨てられる女なんですよ。面白いでしょう」
 今度はかの女の方が好奇の目を瞠《みは》って娘を観察していると、娘はむす子に訊いた。 
「あなた、ママンに何てあたしを紹介したのです?」 
「よく捨てられる女って」
 それを聞くと娘は、やや興を覚えた張合いのある顔になっていった。
「それは、まだ真実を語っていない。もう一度、ママンに紹介しなさい。よく男を捨てる女って」
 そして、彼女はうれしそうに笑った。神秘的に悧巧《りこう》そうな影を、額から下にヴェールのように持っているこの若い娘が、そうやって笑うとき、口の中に未だ発育しない小さい歯が二三枚|覗《のぞ》かれた。その歯はもう永遠に発育しないらしく、小さいままでひねこびた感じを与えた。
 むす子は笑いながら娘の抗議を母親に取次いでこういった。 
「こんなこといってますがね。この女は決して一ぺんでも自分から男を捨てた事はないんですよ。惚《ほ》れた男はみんなきっと事情が出来て巴里から引上げなくちゃならなくなるんです」 
「どうしてなんだろう」 
「どうしてですかね」
 むす子は、ただしばしば男に訣《わか》れねばならなくなる運命の女であるというところに、あっさり興味を持っているようだった。
 ジュジュと仲間呼びされるその娘は、だんだんむす子の母に興味を感じて来た。娘は持
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