共に、時代の運に乗せられて、多少、知名の紳士淑女の仲間入りをしている。そして、自身|嘗《な》めた経験からみたそういう世の中というものに、親身《しんみ》のむす子をあてはめるため、叱《しか》ったり、気苦労さすのは引合わないような気がする。
「では、なぜ?」とかの女はその夫人には明さなかったむす子を巴里《パリ》へ留学させて置く気持の真実を久し振りに、自問自答してみた。まえにはいろいろと、その理由が立派な趣意書のように、心に泛《うか》んだものだが、もうそんな理屈臭いことは考えたくなかった。かの女は悩ましそうに、帽子の鍔《つば》の反りを直して、吐き出すように自分に云った。
「つまりむす子も親もあの都会に取り憑《つか》れているのだ」
 やっと、逸作が玄関から出てきた。画描きらしく、眼を細めて空の色調を眺め取りながら、
「見ろ、夕月。いい宵だな」
といって、かの女を急《せ》き立てるように、先へ潜《くぐ》り門を出た。


 かの女と逸作は、バスに乗った。以前からかの女は、ずっと外出に自動車を用いつけていたのだが、洋行後は時々バスに乗るようになった。窓から比較的ゆっくり街の門並の景色も見渡して行けるし、三四年間居ない留守中に、がらりと変った日本の男女の風俗も、乗合い客によって、手近かに観察出来るし、一ばん嬉《うれ》しいのは、何と云っても、黒い瞳《ひとみ》の人々と膝《ひざ》を並べて一車に乗り合わすことだった。永らく外国人の中に、ぽつんと挟って暮した女の身には、緊張し続けていた気持がこうしていると、湯に入ってほごれるようだった。右を見ても左を見ても、日本人の顔を眺められるのは、帰朝者だけが持つ特別の悦《よろこ》びだった。
 わけてかの女のように、一人むす子と離れて来た母親に取って、バスは、寂寥《せきりょう》を護《まも》って呉《く》れる団欒的《だんらんてき》な乗りものだった。この点では、電車は、まだ広漠とした感じを与えた。
 バスは、ときどき揺れて、呟《つぶや》き声や、笑い声を乗客に立てさせながら、停留場毎に几帳面《きちょうめん》に、客を乗り降りさせて行く。山の手から下町へ向う間に二つ三つ坂があって、坂を越すほど街の灯は燦き出して来る。そして、これが最後の山の手の区域と訣《わか》れる一番高い坂へ来て、がくりと車体が前屈《まえかが》みになると、東京の中央部から下町へかけての一面の灯火の海が窓
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