言う事も、食料品店だという事も、イボギンヌ宛の手紙で私達は知って居ましたが、斯んなに家が狭くて貧しいとは想って居ませんでした。何もかも予想以外です。近隣の人達は誰れも不愉快そうな顔をして居ます。街には何んだか絶望のようなものを感じます。戦敗国の如何に惨めな事に深く心を打たれました。私達はたとえ独逸《ドイツ》を知り其の国語を習うためとは言え、陰惨なベルリンへやって来た事を少し後悔して居ります。でも二三日居付いたら、どう私達の考えが変るかわかりません。
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六月二十一日 第六信(ベルリンにて)
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今日は一日ジャネットの家で話して暮しました。ジャネットの母はイリデと言うの。大変に憔《やつ》れて居るわ。私達の独逸語を習いたい事を話したら、笑って、――つまらない事だ、斯んな国の言葉を憶えたって役に立たないでしょう。でも昔は帝政時代のドイツはどんなに立派だったか、見せたい――
と言いました。ジャネットの兄のウイリーは目下仕事がないので大学の講義を聴きに行きます。仕事があれば――道路|普請《ぶしん》の人夫でも――大学を止めて働きに行くそうです。イリデ叔母
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