ば/\しく不釣合に大きい。
 流石に胸もとがむかつくらしく白いハンケチを鼻にあてながら酸味の荒い葡萄酒を啜《すす》って居たベッシェール夫人も、少し慣れて来たと見えて、思い切ってハンケチをとった。すると彼女は忽ち鼻をすん/\させて言った。
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――おや、茴香《ういきょう》の匂いがするよ。」
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 新吉の耳へ口を寄せて言った。
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――こういう家にはアブサンを内緒に持っているという話よ。あなたギャルソンにすこし握らせてごらんなさい。」
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 夫人の言う通り給仕はいかにも秘密そうに小さいコップを運んで来た。夫人はそれを物慣れた手附きで三つの大コップへ分けて入れ角砂糖と水を入れた。禁制の月石色《ムーンストーン》の液体からは運動神経を痺らす強い匂いが周囲の空気を追い除けた。
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――忘れるということは新しく物を覚えるということよ。酔うということは失った真面目さを取り戻すことよ。こういうことを若い人達は知らないことね。」
[#ここ
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