リサの言い付けで今日一日新吉について廻った使命の果ての結局の舞台が入用だった。彼女は猶予なく返事した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――奇抜ね。それが本当に面白いわ。」
[#ここで字下げ終わり]
 彼女は新吉の腕を引き立てゝ人を掻き分けながらルュ・ド・ラップの横町へ入って行った。
 ただ燻《くす》ぼれて、口をいびつに結んで黙りこくってしまったような小さい暗い家が並んでいた。漆喰壁《しっくいかべ》には蜘蛛の巣形に汚点《しみ》が錆《さ》びついていた。どこの露地からも、ちょろ/\流れ出る汚水が道の割栗石の窪《くぼ》みを伝って勝手に溝を作って居る。それに雨の雫《しずく》の集りも加わって往来にしゃら/\川瀬の音を立てゝいた。ベッシェール夫人は後褄を小意気に摘《つま》み上げ、拡げた傘で調子を取り、二人から斜めに先に立って歩いて行った。立籠めた泥水の臭いとニンニクの臭いとを彼女の派手な姿がいくらか追い散らした。此の垢でもろけた家並の中に、まるで金の入歯をしたようにバル・デ・トロア・コロンヌだとか、バル・デ・ファミイユだとか、メイゾン・バルとか言うような踊り場が挟まっていた。ニスで赧
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