じられた。
 ジャネットはと見ると人混みに紛《まぎ》れ行く男の姿をいつまでも見送りながら群集に押されて新吉のそばまで来た。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたし今日、モンマルトル一のジゴロに声をかけられたのよ。」
[#ここで字下げ終わり]
 そう言って彼女はやっぱり人に押されながら鏡を取り出して自分の風姿を調べた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あんたさえ居なかったら今日一日、あの人に遊ばせて貰えたかも知れなかったわよ。」
[#ここで字下げ終わり]
 彼女の声には真実少し卑しい恨みがましい調子があった。すると彼女から遊離して居た新吉に急に反撥心が出て来た。彼は手荒くジャネットの露出《むきだ》しの腕を握って二三度|揺《ゆす》ぶった。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたしと仲好くするんだ。またと他の男に振り向きでもすると承知しないよ。」
[#ここで字下げ終わり]
 すると不思議にジャネットは素直になり手に風船玉を持ち乍ら新吉の腕に抱えられにっこり彼の顔を見上げて笑った。
 其所へ一人で行き過ぎて、はぐれてしまったベッシェール夫人が
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