――レデーを二人も傍に置いときながら国元の奥さんの想い出に耽《ふけ》るなんて、あたしたちに失礼だわねえ、マドモアゼル。さあ、もう此のくらいで出かけましょう。」
[#ここで字下げ終わり]
 夫人は日傘とお揃いの模様の女鞄の中から手早く勘定を払った。
 あたりの賑わしさを頭から叩き伏せるように力ずくの音楽が破裂している。それに負けまいとメリーゴーラウンドの台が浪を打って廻転する。此所ピギャールの角を中心に色々の屋台店が道の真中に軒を並べている。新吉と二人の女とはモンマルトルの盛り場の人混《ひとご》みへ互に肩を打当てゝ笑いさゞめきながら、なだれ込んだ。一軒の屋台では若者達が半身乗り出して、後へ上げた足に靴の底裏を見せながら、竿の糸でシャンパンの壜を釣ろうと競って居る。一軒の屋台では女を肩に靠《もた》せながら男が白い紙を貼った額《がく》を覗っている。鉄砲が鳴って女がぴくっとする刹那に額の白紙は破れて二人の写真が撮れているのだ。泣き出しそうな憂鬱な顔をして棒のように立っている運命判断の女。ルーレット球ころがし。その間にけばけばしい色彩で壁に淫靡《いんび》な裸体女と踏み躙《にじ》られた黒人を描い
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