しぼり立ての牛乳にレモンの花を一房投げ入れたような若い娘の体の匂いが彼の鼻を掠めた。すると新吉の血の中にしこりかけた鬱悶《うつもん》はすっと消えて、世にもみず/\しい匂いの籠った巴里が眼の前に再び展開しかけるのであった。新吉はその場にそぐわない、妙にしみ/″\した声で返事をした。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ほんとうにね。そうだとも、マドモアゼル。」
[#ここで字下げ終わり]
 そして彼の憧憬的になった心にまたしてもカテリイヌの追憶が浮ぶのだった。そうだ彼女に遇いたいものだ。今日という日はその為めに待ち焦《こが》れていた日ではないか。彼はそう思いながら、ひとりでにジャネットの丸い肩に手をかけた。何時《いつ》だったか、どの女だったか、彼の両肩に柔い手を置き、巴里祭のはなしをして呉れた感触を思い出した。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――ほんとにその日は若いものに取っては出合いがしらの巴里ですの。恋の巴里ですの。」
[#ここで字下げ終わり]
 両肩の上に置いた其の女の柔い掌の堪《こた》え、そして、かつてカテリイヌを新吉が抱えたときのあの華やかな圧迫。触
前へ 次へ
全73ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング