を現わして来た。包囲した鬨《とき》の声のような喧騒に混って音楽の音が八方から伝わる。
新吉は向う側の装身具店の日覆いの下に濃い陰に取り込められ、却《かえ》って目立ち出した雲母の皮膚を持つマネキン人形や真珠のレースの滝や、プラチナやダイヤモンドに噛みついているつくりものゝ狆《ちん》や、そういう店飾りを群集の人影の明滅の間からぼんやり眺めて、流石に巴里の中心地もどことなくアメリカ人の好みに佞《おもね》ってアメリカ化されているけはい[#「けはい」に傍点]を感じた。けば/\しい虎の皮の外套を着たアメリカ女。早昼食《クイックランチ》。「御勘定は弗《ドル》で結構でございます。」と書いた喰べ物屋のびら[#「びら」に傍点]。筋向いのフォードの巴里支店では新型十万台廉売の広告をしている。
食後の胃のけだるさがそうさせるのか新吉の不均衡な感情は無暗に巴里の軽薄を憎み度くなってじれ/\して来た。その時ジャネットが彼を顧向《ふりむ》いて夫人との間の話に合図を打たせようと身体を寄せて言った。
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――どう。そうじゃなくて。ムッシュウ。」
[#ここで字下げ終わり]
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