が上って来た坂の下から年若な娘が石畳の上へ濃い影を落しながら上って来た。娘は二人の傍へ来ると何のためらう色もなく訊いた。
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――バスチイユの広場へ行くのはどう行ったらいゝでしょう。」
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 娘の言葉にはロアール地方の訛《なま》りがあった。手に男持ちのような小型の嚢《ふくろ》を提げていた。
 夫人は娘の帽子の下に覗いている巻毛にまず眼をつけ、それから服装《なり》を眼の一掃きで見て取った。夫人の顔には惨忍な好奇心がうねった。
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――ははあ、おまえさん巴里祭を見物しなさるのね。此所からバスチイユなんて、まるで反対の方角よ。――あんた、いつ巴里へ出て来なさった。」
――半年ほどまえですの。」
――連れて歩るいて呉れるいゝ人はまだ出来ないの。」
――あら、いやだわ。」
――いやだわじゃないことよ。そんないゝきりょうをしている癖に。」
[#ここで字下げ終わり]
 巴里祭といえば誰に何を言おうが勝手な日なのだ、そうすることが寧ろ此の日に添った伝統的な風流なのだ。
 娘は白痴じゃないかと思われ
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