ヌへ向けてゆるやかな勾配を作っている花壇の庭が晴々しく眺められた。庭の勾配が尽きて一筋の長閑な橋になり、橋を跨《また》いでいる巨人の姿に見えるエッフェル塔は河筋の水蒸気のヴェールを越しているので、いくらか霞んで見える。振り仰いで見ると流石に大きかった。太い鉄材の組合せの縞が直《じ》きに平らな肌になり、細く鋭く天を衝《つ》く遥かな上空の針の尖《さき》に豆のような三色旗が人を馬鹿にしたようにひらめいていた。再び眼を地に戻して河筋を示す緑樹の濃淡に視線が辿りつくと頭がふら/\した。新吉は言った。
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――まだ、やっと此所までしか来てないじゃありませんか、すこし休んで、それから、ちっとはスケジュールを決めて町を見物しようじゃありませんか。」
――子供のようになってアイスクリームを飲みましょうよ。」
[#ここで字下げ終わり]
 白にレモン色の模様をとった屋台車を置いてアイスクリーム売りのイタリー人が燕のひるがえるのを眺めていた。
 新吉と夫人が往来に真向きに立ちはだかって互に顔で、おどけ合いながらアイスクリームの麩のコップを横から噛みこわしていると、二人
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