たい願いだけがつき上げて来た。
顔を洗って着物を着代えているとどこからともなく古風で派手なワルツが凪《な》いだ空気へ沖の浪のなごりのように、うねりを伝えて来る。後からそれを突除けて、ジャズが騒狂な渦の爆発の響を送る。祭は始まった。表通りを大人連のおしゃべりの声。子供達の駆けて行く足音。
白い帽子を手に取って姿鏡の前に立って自分の映像に上機嫌に挨拶して新吉は、其の癖やはり内心いくらか憂鬱を曳きながら部屋を出た。入口の門番《コンシェルジュ》の窓には誰も居なくて祭の飾りの中にゼラニウムの花と向いあって籠の駒鳥が爽《さわ》やかに水を浴びていた。
割栗石の鋪石[#「石」に「ママ」の注記]へ一歩靴を踏み出す。すると表の壁の丁度金鎖草の枝垂《しだ》れた新芽が肩に当《あた》るほどの所で門番《コンシェルジュ》のかみさんと女中のロウジイヌとがふざけて掴み合っていたのが新吉の姿を見ると急に止めて笑いながら朝の挨拶をした。それから隣のベッシェール夫人の家に向って、
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――奥さん。うちのムッシュウがお出かけですよ。」
[#ここで字下げ終わり]
と声を揃えてわめ
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