行ってあの卒業生と結婚したとかしないとか噂だけで、行方が判らなくなったり、近頃やっと巴里にまたいるらしいという噂を突きとめたそれ以上のことが判らないのがまだ自分の不運の続きのように思え、また判らないことが却《かえ》って折角たゞ一つ残って居る美しい夢を醒さないでいて呉れる幸福のように思えた。
新吉が金槌をいじりながら考え込んでいるのを見て夫人は意地悪くねじ込むような声で言った。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あたったものだから黙っていらっしゃる。あたしは妙な女ですからそのつもりで聴いて下さいな。あたしあなたが只の遊び女と出来たのかなんかなら何とも思いませんの。けれど国元の奥さんを想い出すような親身な気持ちになった男の方にはお隣に住んでいて、じっとして居られませんの。あたしは寡婦《やもめ》ですからね。正直に白状すればとてもやきもちが妬《や》けますの。あなたのところへ奥さんの手紙が来た翌日からあなたの御様子が変ったように見えて。御免なさいな、病的でしょうか。でも仕方がないわ。正直に言わなけりゃ、もっとやきもちが、ひどくなりそうなの。つまりあなたは奥さんの所へ帰る前に最後
前へ
次へ
全73ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング