しょうね。」
[#ここで字下げ終わり]
 新吉はぎくっとした。情事に就いては彼女自身はもうすっかり投げているのに他人の情事に対する関心はまたあまりに執拗だ。それにリサと夫人とは古い知り合いだから、ひょっとしたらリサの自分に対する明日のたくらみでも感づいたのではないか。新吉は油断をせずにとぼけた。
[#ここから改行天付き、折り返して2字下げ]
――あしたは世間並の青年になって手当り次第巴里中を踊り抜くつもりですよ。」
――そりゃ楽しみですね。国元の奥様のことを考えながら、その悩みをお忘れになりたい為めにね。」
[#ここで字下げ終わり]
 鸚鵡《おうむ》返しのように夫人はこう言った。新吉は的が外れたと思った。自分の今の心を探って見るに、国元の妻からの手紙が来て以来、其のおさな顔に白髪のほつれかゝった面影が憐れに感じ出されたには違いない。然しそれと同時に今は明日はじめて逢う未知の娘、リサの世話して呉れる乙女にもまた憐れを催している。自分のように偏奇な風流餓鬼の相手になって自分から健康な愛情の芽を二度と吹かして呉れようとする無垢《むく》な少女。だがそれよりも新吉が一番明日に期待しているのはやっ
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