。ざまをみるがいゝ。滑稽だ。残忍な粋人の感情だ。妻に侮辱と嘲笑とに価する特色を発見出来るようになって始めて惻々《そくそく》たる憐れみと愛とが蘇るというのだ。淋しくしみ/″\と妻を抱きしめる気持になれたのだ。何たる没情。何たる偏奇。新らしい陶器《やきもの》を買っても、それを壊《こわ》して継目《つぎめ》を合せて、そこに金のとめ鎹《かすがい》が百足《むかで》の足のように並んで光らねば、その陶器《やきもの》が自分の所有になった気がしないといったあの猶太《ユダヤ》人の蒐集家サムエルと同じものを新吉は自分に発見して怖《おそろ》しくなった。あのとろんとして眼窩の中で釣がゆるんだらしく、いびつにぴょく/\動いている大きな凸眼、色素の薄くなった空色の瞳は黄ろい白眼に流れ散ってその上に幾条も糸蚯蚓《いとみみず》のような血管が浮き出ている。あのサムエルの眼はやがて自分の眼であるに違いない。
 部屋の中の家具に塗ってあるニスが濡れ色になって来て、銀色の金具は冷たく曇った。もうたそがれだ。新吉はいつもの生理的な不安な気持ちに襲われ胃嚢《いぶくろ》を圧《おさ》えながら寝椅子から下りた。早くアッペリチーフを飲みたい
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