巴里の秋
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)河波《かわなみ》の

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)今月|一《いっ》ぱい

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ふん[#「ふん」に傍点]らしい
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 セーヌの河波《かわなみ》の上かわが、白《しら》ちゃけて来る。風が、うすら冷たくそのうえを上走り始める。中の島の岸杭がちょっと虫《むし》ばんだように腐《くさ》ったところへ渡り鳥のふん[#「ふん」に傍点]らしい斑《まだら》がぽっつり光る。柳《やなぎ》が、気ぜわしそうにそのくせ淋《さみ》しく揺《ゆ》れる。橋が、夏とは違ってもっとよそよそしく乾くと、靴《くつ》より、日本のひより[#「ひより」に傍点]下駄《げた》をはいて歩く音の方がふさわしい感じである。巴里に秋が来たのだ。いつ来たのだろう、夏との袂別《べいべつ》をいつしたとも見えないのに秋をひそかに巴里は迎えいれて、むしろ人達を惑《まど》わせる。そうなると、街路樹《がいろじゅ》の葉が枯葉《かれは》となって女や男の冬着の帽《ぼう》や服の肩へ落ち重なるのも間のない事だ。
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