フ一句毎の前には必らず鼻と咽喉の間へ「フン」といった自嘲風な力声を突上げる。「フン」「セ・モン・ジゴロ……」である。
これに不思議な魅力がある。運命に叩き伏せられたその絶望を支えにしてじりじり下から逆に扱《こ》き上げて行くもはや斬っても斬れない情熱の力を感じさせる。その情熱の温度も少し疲れて人間の血と同温である。
彼女の売出しごろには舞台の背景に巴里の場末の魔窟を使い相手役はジゴロ(パリの遊び女の情人)に扮した俳優を使い彼女自身も赤い肩巻に格子縞の Basque という私窩子《じごく》型通りの服装をして彼女の唄の内容を芝居がかりで補ったものだが、このごろは小唄専門のルウロップ館あたりへ出る場合にはその必要は無い。黒一色の夜会服に静まっても彼女の空気が作れるようになった。
女に娘時代から年増の風格を備えているものがある。ダミアはそれだ。しかもダミアは今は年齢からいっても大年増だ、牛のような大年増だ。頬骨の張った顔。つり合うがっしりした顎。鼻は目立たない。その鼻の位置を狙って両側から皺み込む底の深い鼻唇線は彼女の顔の中央に髑髏の凄惨な感じを与える。だが、眼はこれ等すべてを裏切る憂欝な
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