蛯ォな眼だ。よく見るとごく軽微に眇《すがめ》になっている。その瞳が動くとき娘の情痴のような可憐ななまめき[#「なまめき」に傍点]がちらつく。瞳の上を覆う角膜はいつも涙をためたように光っている。決して大年増の莫蓮《ばくれん》を荷って行ける逞しさもまた知恵も備えた眼ではない。所詮は矛盾の多い性格の持主で彼女はあるだろう。(矛盾は巴里それ自身の性格でもあるように)何か内へ腐り込まれた毒素があって、たといそれが肉体的のものにしろ精神的のものにしろそれに抗素する女のいのちのうめき[#「うめき」に傍点]が彼女の唄になるのであろう。彼女に正統な音楽の素養は無かったはずだ。町辻でうめき[#「うめき」に傍点]酒場でうめき[#「うめき」に傍点]しているそのうめき[#「うめき」に傍点]声にひとりで節が乗ってとうとう人間のうめき[#「うめき」に傍点]の全幅の諧調を会得するようになったのだ。人間にあってうめかずにいられないところのものこそ彼女の生涯の唄の師である。
彼女が唄うところのものはジゴロ、マクロの小意気さである。私窩子《じごく》のやるせない憂さ晴しである。あざれた恋の火傷の痕である。死と戯れの凄惨であ
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