B町の唄うたいが揃ってフランスの歴史的の唄をうたって歩いたらこれあずいぶん[#「ずいぶん」に傍点]この国の首都に好い感化を与えますぞ。」
警視長官は面白くもない昔の唄を町の唄うたいが義務で唄う表情を想像して笑いたくなったが我慢して穏かに断った。
ムッシュウ・ドュフランはサン・ドニのキャフェへ帰って行った。審議は仕直された。第二の決議が出来た。すこぶる激越の調子を帯びた決議文が成文された。
「われ等はラジオの拡声器を職業の敵と認める。われらは拡声器に対し戦いを宣す。」
この決議文を握らされてムッシュウ・ドュフランはキャフェを押出された。どこへ持って行ってよいのか聴き返す余裕を興奮した世話子達は許さなかった。ムッシュウ・ドュフランは呆れた顔をして夕暮の明るいイタリー街へ出た。店々では食事時の囃《はや》し唄を町の通へ賑やかに明け放っていた。ムッシュウ・ドュフランはしばらく立止って聴いていたやがて自分も口惜しくなって町へ向って叫んだ。
「ばか! ラジオの馬鹿!」
ダミア
うめき出す、というのがダミアの唄い方の本当の感じであろう。そして彼女はうめく[#「うめく」に傍点]べく唄の一句毎の前には必らず鼻と咽喉の間へ「フン」といった自嘲風な力声を突上げる。「フン」「セ・モン・ジゴロ……」である。
これに不思議な魅力がある。運命に叩き伏せられたその絶望を支えにしてじりじり下から逆に扱《こ》き上げて行くもはや斬っても斬れない情熱の力を感じさせる。その情熱の温度も少し疲れて人間の血と同温である。
彼女の売出しごろには舞台の背景に巴里の場末の魔窟を使い相手役はジゴロ(パリの遊び女の情人)に扮した俳優を使い彼女自身も赤い肩巻に格子縞の Basque という私窩子《じごく》型通りの服装をして彼女の唄の内容を芝居がかりで補ったものだが、このごろは小唄専門のルウロップ館あたりへ出る場合にはその必要は無い。黒一色の夜会服に静まっても彼女の空気が作れるようになった。
女に娘時代から年増の風格を備えているものがある。ダミアはそれだ。しかもダミアは今は年齢からいっても大年増だ、牛のような大年増だ。頬骨の張った顔。つり合うがっしりした顎。鼻は目立たない。その鼻の位置を狙って両側から皺み込む底の深い鼻唇線は彼女の顔の中央に髑髏の凄惨な感じを与える。だが、眼はこれ等すべてを裏切る憂欝な
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