Cを感じたのはまず町の唄うたいだった。
無意味なことで彼等は暮らしていると思っていることの上に一種の愛感を持ってこれまで世話して来たムッシュウ・ドュフランは彼等の急にしょげた様子を見てこれが当り前だとも思い、それ見たことかとも思わぬでもなかったが、兎に角今は自分の世話子達である。困惑はもっと迫っていた。
或日、例のサン・ドニの門の裏町のキャフェで彼等の集りがあった。ムッシュウ・ドュフランは司会のはじめにいった。
「どうだ、この不景気に乗るような唄をこしらえて見ては。節はなるたけ陰気なのがいい。たとえば、ラ――ラ――ラ――とこんな調子にやったならば。」
彼等はげらげら笑った。市会議員の舌の鳴物入りの忠言なんかはこの道で苦労している彼等には真面目に対手になってはいられなかった。中にはドュフランの調子外れのラ――ラ――ラ――を口真似するものさえあった。
「駄目かね、それじゃどうするのだ。」
ドュフランは少しむっ[#「むっ」に傍点]とした。
喋り好きの彼等が長時間討議し合ってやっと一つの決議が纒った。それははやり唄うたいを巴里の表通へも流して出られるようドュフランにその筋へ運動して貰うことだった。今まで町で流すことは交通整理上彼等に禁じられている。ドュフランは官署へ出かけて行って警視長官チアベと向い合った。
「わしの子鳥達がこういうんです――」
ドュフランはいつも彼の世話子達をこういう言葉で呼んだ。
「あなたの子供達にこれだけの規則違犯があるのですよ。」
警視長官は笑いながら先手を打って唄うたいの反則事件の調書を見せようとした。ドュフランはそれをまあまあと押えて唄うたいの窮状をくわしく述べ、終りに嘆願の筋を申出た。警視長官は市会議員に対する儀礼としてちょっと熟考の形を取ったが肚は決っていた。
「どう考えて見ましてもこのお申出についてはあなたのお顔を立てかねますな。但、御陳情によりまして以後、唄うたいの新出願者は決して許可しないことにいたしましょう。つまり、巴里の唄うたいの数を現状の三百人より増さんように。」
ドュフランは自分の考えた第二策を今度は持ち出した。
「御厚意を謝します、しかし今一度お考え直しを願いたいことは――もしあれ等がフランス固有の唄も混ぜて唄うとしたらどうでしょう。日々にフランスの国風が頽廃して行くのはお互い識者たるものの嘆じているところです
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