度から廃めるそうですよ。」
「へえ、やっぱり節約からでしょうか。」
「いえ、あれを二本飲むと眠るものが出来て困るからだそうです。」
若い妻が老人の夫に嘆くそぶりで、
「いま巴里中であたしが一ばん不幸な女だろうと思うの。」
「なぜさ、なぜさ。」
「だって、お便通剤が一向利かないんですもの――。」
「ああ、またおまえのバレた冗談が、はじまったのか。」
外では、グラン・パレイの春のサロンから出て来た人がちらほら晩餐までの時間を持てあましている。
一人が道ばたの花園の青芝の縁に杖を垂直に立てて考えることには、
「ヒヤシンスはとても喫むまいが、チュリップというやつはこいつどうも煙草を喫みそうな花だ。」
並木の有料椅子のランデヴウ。無料ベンチのランデヴウ。
軽い水蒸気が、凱旋門からオベリスクの距離を実測よりやや遠く見せている。シャンゼリゼーの北側の店にこの間から展観されていた評判の夫婦乗軽体飛行機が売れたらしい。マロニエの茂みを分けて、紅色の翼が斜に往来へのっ[#「のっ」に傍点]と現れた。その丁度向側の家が持主の代が変りそうだという評判を聞いて、その家は保存的価値のある建築であったので、
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