焼パンと紅茶を誂えた。
 女達も彼には一向無頓着で、きゃっきゃっと笑い続けている。

    ロンポアンから

 ゆらゆらと風船でも飛ばしたい麗かさだ。みんながそう思う。期せずしてみんなが空を振り仰ぐ。そこにちゃんと一つ風船が浮いている。腹に字が書いてある。「春の香水、ヴィオレット・ド・バルム」気が利き過ぎて却って張り合いがない。
 町並のシャンゼリゼーが並木のシャンゼリゼーへ一息つくところに道の落合いがある。丸点《ロンポアン》。ささやかな噴水を斜に眺めてキャフェ丸点《ロンポアン》がある。桃色の練菓子に緑の刻みを入れたような一掴みの建物だ。
 春は陰影《かげ》で煮〆たようなキャフェ・マキシムでもなかろう。堅苦しいフウケでもなかろう。アメリカの石鹸臭いアンパはなおさらのことだ。ギャルソンの客あしらいに多少の薄情さはあっても、それがいつも芝居の舞台のように陽気に客を吹き流して行くロン・ポアンの店が、妙に春に似合う。マロニエの花にも近いというので、界隈の散歩人は入れ代り立ち代り少憩をとる。
「飴を塗った胡桃の串刺しはいかが?」
「燻製鮭《ソオモン》のサンドウイッチ、キァビヤ。――それから焙玉
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