巴里のキャフェ
――朝と昼――
岡本かの子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)旅人《エトランゼ》は
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)日|覆《よ》け
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)のっ[#「のっ」に傍点]と
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旅人のカクテール
旅人《エトランゼ》は先ず大通《グランブールヴァル》のオペラの角のキャフェ・ド・ラ・ペーイで巴里《パリ》の椅子の腰の落付き加減を試みる。歩道へ半分ほどもテーブルを並べ出して、角隅を硝子屏風で囲ってあるテラスのまん中に置いた円い暖炉が背中にだけ熱い。
眉毛と髪の毛がまっ白な北欧の女。頬骨が東洋風に出張っていてそれで西洋人の近東の男。坊主刈りでチョッキを着ないドイツ人。鼻の尖った中年のイギリス紳士。虎の毛皮の外套を着て、ロイド眼鏡をかけた女があったらアメリカ娘と見てよろしい――彼女はタキシードを着たパリジャンの美青年給仕を眼で追いながら、ふかりふかり煙草を吸っている。オカッパにウエーヴをかけない支那女学生が三四人、巧いフランス語で話し合っている。
並んだ顔を一わたり見渡して、成程、ヴァン・ドンゲンがいったカクテール時代という言葉を肯定する。
孔雀のように派手なシアーレが展げてある向う側の女物屋のショーウィンドウの前へ横町からシルクハットを冠ったニグロの青年と、絹糸のようにデリケートな巴里の女が腕をからんで現われた。
仲好三人
お多福《かめ》さんとタチヤナ姫と、ただの女と――そう! どう思い返してもこう呼ぶのがいい――が流行の波斯縁《ペルシャぶち》の揃いの服で、日|覆《よ》けの深いキャフェの奥に席を取った。遊び女だ。連れて来た袖猿に栗をあてがって置いて、彼女等はお互いの着物の皺に出来た大小の笑窪を評し合っている。彼女等は誰かここで昼飯|交際《つきあい》の旦那が見つかれば好し、もし見つからなければ仲好三人で今日一日遊んでしまおうという話がまとまった。一人が他の一人に、うっかり商売気を出して仲間にまで色眼はお使いでないよと頬を打つ。きゃっきゃと笑う。
斜向うのイギリス銀行、ロイド・ナショナル・プロヴィンシアル・バンクの支店から出て来た髭の生えたプラスフォアのイギリス人が日当りの好さそうな卓を選んで席を取った。彼は女達には知らん顔で律儀に
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