昂《たか》められている。恐《おそ》らく生を更《か》え死を更えても変《かわ》るまい。だが、ふとしたことから、私は現実のおまえに気付かせられることがある。すると無暗《むやみ》に現実のおまえに会い度《た》くなる。巴里が東京でないのが腹立たしくなる。
 それはどういうとき[#「とき」に傍点]だというと、おまえに肖《に》た青年の後姿《うしろすがた》を見たとき、おまえの家へ残して行った稽古《けいこ》用品や着古《きふる》した着物が取出《とりだ》されるとき。それから、思いがけなく、まるで違ったものからでもおまえを連想させられる。ぼんの窪《くぼ》のちぢりっ毛や、の太《ぶと》い率直《そっちょく》な声音《こわね》、――これ等《ら》も打撃だ。こういうとき、私は強い衝動に駆《か》られて、若《も》し許さるるなら私は大声|挙《あ》げて「タロー! タロー!」と野でも山でも叫《さけ》び廻《まわ》り度い気がする。それが出来ないばかりに、私は涙ぐんで蹲《うずくま》りながらおまえの歌を詠《よ》む。おまえがときどき「あんまり断片的の感想で、さっぱり判りませんね。もっと冷静に書いて寄越《よこ》して下さい」と苦《にが》り切った手紙
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