給え。二人とも命がけならどんな事だって出来る」
こう云った珪次と二人で思い切って借りて住んだアパートの生活も、始めは面白く行きましたが、すぐ珪次は飽きて来ました。
「やっぱり幸福には金は附きものだな。何とかして来よう」
明るく気が利いて美貌の青年はどこの知合いへ行っても、おいしいものやお酒にはありつけます。しかし、お金を貸して呉れるほどの親身な知合いはありません。
夜おそくドアを叩いて、ほろ酔い機嫌をわざと渋い表情で押えながら、
「きょうは留守の家ばかりにぶつかってね。あしたはきっと何とかなるよ」
それから世間で聞いて来た面白い話や、とても景気のいい私たちの未来の空想話をして、床に入ると思うと、いい気持ちそうに直《す》ぐに鼾《いびさ》をかきました。
それも度々では私に間が悪くなったと見え、三日目に一夜、二日目に一夜、友達の下宿へ泊って帰らぬようになりました。そのころのことです。ふと新聞の社会面で、今の良人の及川の妻が他の男と心中をした記事が出ているのを見つけましたのは。私はそのとき母がいつぞや「及川さん夫婦はうまく行かない」と云った噂は本当であり、そうまで妻にさせた及川にどん
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