行でありました。それが妨げられたのはたった一つの事件のためであります。
私の母は気性の派手な、負けず嫌いな、その癖|締《し》め括《くく》りのない、学者の妻というよりは、まあ事業家の妻にした方が適任と思われる性質の女でした。私の家には私の外《ほか》に、弟妹四人あって、男二人は父親似の学者肌ですから、いつ独立して生活費の採れる見込みか判らないし、妹二人も母の性質にすれば、身分以上の仕度をしてよい家へ嫁入らせたかったのでしょう。どっちみちお金が欲しいところです。それで父親が遺して行った多少の動産を、珪次と相談して郷里の銀行へ出資したのだそうです。私はその方面に暗い女のことですからよくも判りませんが、その銀行は組織は無限責任の代りに出資者の利益は多い筈なのだそうです。
それが見込み違いとなって、銀行はあやしくなり出して仕舞ったものですから、母は珪次を憎み出しました。
「あんな無責任な男はない」
珪次にいわせると「そう性急《せっかち》に利益を挙げようたって無理だ」
とにかく、私の行く手は遮《さえざ》られました。私は母に内密でそっと珪次に相談すると、
「関《かま》わないから、家を出てしまい
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