、夫のそのいたわりを全部善意にうけ取ることが出来ました。私は小学生が復習の日課を許して貰ったように、お叩頭《じぎ》をして、つい、
「有難うございます」と云って仕舞いました。
そして「おやすみなさいまし」と元気よく云って立ち上り、良人が呼んで呉れた老女に導かれて部屋へ退こうとしました。その時良人はちょっと手を上げて私を呼び止め、微笑しながら云いました。
「あなたを大切にして上げる気持ち、判ってるでしょうね」
私は、さきにも云いました通り、夫の言葉を全部善意に解して、何を誤解などしようかと、その時も何の気も付かずにいましたが、なるほどあとで考えれば、相手に嫌われてるのではないかと、まだ相手は心に打ち解けられないものを持っているのではあるまいかなど、随分疑ってもよい、良人の仕打ちでないことはありませんのです。私がずっと年下の後添《のちぞ》いの妻であるだけに、それが一層あってよい筈でした。
ここでちょっと、私と只今の良人との結婚の事情を説明して、お話しますが、良人はもと私の父に使われていたある種の科学研究所の助手で、父と何か意見の衝突があって、学問は思いとどまり、自分で事業を経営して見た
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