伯林の落葉
岡本かの子

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(例)しん[#「しん」に傍点]
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 彼が公園内に一歩をいれた時、彼はまだ正気だった。
 伯林にちらほら街路樹の菩提樹の葉が散り初めたのは十日程前だった。三四日前からはそれが実におびただしい速度と量を増して来た。公園は尚更、黄褐色の大渦巻きだった。彼は、始め街をしばらく歩いて居た。こまかい菩提樹の葉が粉のように顔や肩や足元に散りかかった。それはひそかに無性な触覚の気安さから一たび風が吹き出すと、吹雪のように中空に、地上に舞い立ち渦巻くあわただしさと変った。だが、結局高い澄み切った青空の下で北欧の中秋の好晴の日は静粛な午後を保っていた。
 彼は街を足駄で歩いて居た。堅く尖った足駄の朴歯が、世界一堅固な伯林の道路面に当って端的な乾いた反動の音をたてた。その音は、外部に発しないで、一種の確実さをもって、彼の足部から彼の黒い熱塊のような苦痛に満ちた頭部へ衝き上った。程よい衝動は彼の苦痛に響いていくらかの慰撫となった彼は落葉の層をなるだけ除けて、堅い舗道面の露出して居る
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