部分を殆ど、無意識に拾って歩いて居た。
 何故彼の日本の恋人が、彼を裏切って他の恋人に走ったということが確実に判った朝、彼は、彼の恋人のその宣言のような手紙を受取って読んだ瞬間つと立ち出でて、伯林の仲秋の街路へ出たのか彼にもはっきり判らなかった。そして、その時、殆ど何ものかに教えられたように、彼が二月前日本を発つ時、彼の恋人が、
 ――たまに公園でも散歩なさる時、おはきなさいまし。
 と、トランクへ入れて呉れた朴歯の下駄を、取り出して穿いたのかも彼には判らなかった。彼はただ歩きに歩いた。
 彼は伯林市の中央チーア公園に行き当った。
 公園にうず高く落ち敷く落葉、落ちる前の乾燥した黄褐色の木の葉を盛り上げた深い森林――この際、彼には何か神秘的な特殊性を包蔵する境区として結局はこの境区の何処かに彼の一寸ものに触れれば吼え出し相な頭の熱塊を溶解してしばらく彼の身心の負担を軽くして呉れる慰安の場所もあるように思えた。
 下駄の歯の根に血を持つような執拗な欲求をこめて彼はざくりと公園の落葉の堆積に踏み入った。下駄の歯は落葉の上層を蹴飛ばした。やや湿って落ち付いた下層の落葉は朽ちた冷たい気配と共に
前へ 次へ
全6ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング