粉のように線のように。しかしそれらが何であるのか、彼は歩きに歩いた。池のほとりに出た。ここらは樹がまた密生して居た。池をかこんだ樹陰のほの暗さ、池はその周囲の幽暗にくまどられ、明方の月のように静寂な水の面貌を浮べていた。白鳥が二三羽いた。落葉が水上で朽ちて小さな浮島のように処々にかたまっていた。白鳥は落葉のかたまりの個所ばかりを面白そうに巡っていた。彼は立ちどまって白鳥を眺めた。風が冷たく彼の襟元をめぐると彼は眼をしばだたいた。白鳥が提灯のように膨らんだ、月のように縮んだ、毯のようにはずんだ、花のようにゆがんだ、車のようにめぐった。とうとう水晶のように凝結した――彼は眼を皿にした。彼の瞳は冷たく燃えた。冷たい焔は何を写したか。池の右側、彼から五六十歩の距離に居る男女の密接に組んだ姿だ。ベンチの脚は落葉に殆ど没している。腰部を縮めて寄せ合い背部をくねらせて、肩と肩に載せ合った手。黒と茶色の服の色の交錯は女体と男体を、突差にはっきり区別させない。二人とも深く冠った帽子のふちで人のけはいを憚って居るようなひそかな様子だ。
そこには彼自身が居る。彼のものだった彼女が居る。否、彼女を奪った男と
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