伯林の降誕祭
岡本かの子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)粉雪《ふぶき》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]
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 独逸でのクリスマスを思い出します。
 雪が絶間もなく、チラチラチラチラと降って居るのが、ベルリンで見て居た冬景色です。街路樹の菩提樹の葉が、黄色の吹雪を絶えずサラサラサラ撒きちらして居た。それが終ると立樹の真黒な枝を突張った林立となる。雪がもう直ぐに来るのです――そしてクリスマス。
 バルチック海から吹き渡って来る酷風が、街の粉雪《ふぶき》の裾を斜《ななめ》に煽る。そして行き交う厚い外套と雪靴の街、子供達の雪合戦の街、橇の其処にも此処にも散ばる街――その街はクリスマスの仕度の賑わう街なのです。処々どっしりした旧独逸の高級品屋が在り、柵を引しめる棒柱のように見えるので、下品には決して墜さないで、あとは軒並みの戦後独逸の安物屋、街のかみさんや、あんちゃん、ねえちゃんといった処へ、時々素晴らしい毛皮の令嬢奥様も交った調和が、かえって淋しく品の好い高級品屋の店頭より綺麗なのです。電燈までが安値に心易い光をそれらの人達にきらきら浴びせる美しさ、そして暖かさ、みなクリスマスの買物の人達を見せる光景です。それが殆ど軒並みなのです。
 菓子屋の店を覗く。豚のびっくりするような大きいチョコレート菓子可愛ゆい麦粉菓子のヒヨコ、馬鈴薯が本物かと思ったらやっぱり何かを練ってつくったお菓子なのです。それらの間をつづってオリーブのつくり葉が、金銀のモール線を綾なして居るのは、どこでも同じしつらえではあるが、独逸はやっぱり独逸らしい。靴屋の安売――運動靴に、平常《ふだん》靴に、雪靴に、金と赤のイヴニングシューズまで寄せて一円五十銭也と括りの紐の結び目に正札で下って居ます。――嘘ではないの、こんなに安く売っては儲からないでしょう。
 と言うと、靴屋の主人気むずかしい顔で愛嬌よく笑って、
 ――ほんとうですとも、いくらだってクリスマス前に売っちまわなけりゃあ、これが今の独逸の「クリスマス値段」ですから。
 そうしてみると、日本の大晦前のような財政情況なのかな、と私は覚りました
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