あとの線路をハイハードルのコツで大きく高く跳ね越えて丁度踏み出す加奈子の靴尖に踏み立つ。
 少年と青年の間の年頃の男の子は、すこしむっとして顔を赭《あか》くして除《よ》けて通って行く加奈子の横顔から断髪の頸筋の青い剃《そり》あとを珍らしそうに見詰め何かはやり唄をうたい乍《なが》ら、腰で唄の調子を取りながら暫く立止まっている。
 つい先頃まで流行して居たはやり唄が和訳されてもう町の童《わらべ》の唇に上っている。なんて早い日本だろう。それよりかもさきほどから弾丸のように飛出して来て敏捷の間にいくつもの早業《はやわざ》をやる男の子の手足が生きて加奈子の眼底に残った。加奈子は五六歩過ぎてからまた振返って男の子をみた。男の子はマッチの包みと割箸《わりばし》の袋とを左右の手で巧《たくみ》に投上げながら唄に合せる腰の調子は相変らずやめずになおもこっちを見つづけている。
 倫敦《ロンドン》へ日本の芝居がかかった事があった。座長は大阪の三流どこの俳優で幹部二三人の外《ほか》はアメリカで仕込んだ素人《しろうと》だから見ていてトテモはらはらした。だがそこで不思議な日本を見た。狐忠信の幕で若い日本の娘たちが花
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