としたら悦ぶかも知れない。
 焼芋屋の隣に理髪店があるという平凡な軒並も加奈子には珍らしかった。その筋向うに瓦斯《ガス》器具一切を売る安普請《やすぶしん》の西洋館がある。
 外国に行く四年前まではこの家は地震で曲ったままの古家で薪炭《しんたん》を商《あき》なっていた。薪炭商から瓦斯の道具を売る店へ、文化進展の当然の過程だ。だが椅子へ不釣合いにこどもを抱えて腰かけているおかみさんはもとのおかみさんに違いないが人相はすっかり変っている。前にはただだぶだぶして食べたものが腸でこなれて行くのをみんな喇叭管《らっぱかん》へ吸収して卵子にしてしまう女の作業を何の不思議もなさそうに厚い脂肪で包んでいるおかみさんだった。いまは瘠《や》せてしまって心配そうな太い静脈が額に絡み合っている。亭主の不身持か、世帯の苦労か、産後からひき起した不健康か。一番大きな原因に思えそうなのはもうすっかり命数だけの子供を生んでしまったので、自然から不用を申渡されたからではあるまいか。
 そうなるといままで気がつかなかった不思議さが万物の上に映り出すとみえてあの見廻すキョトキョトした眼付き――おかみさんにはどこか役離れがして
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