。ダンテとベアトリーチェがめぐり合ったというアルノー河には冬の霧が一ぱいかかっていた。両側の歩道に店を持つ橋が霧の上にかかっていた。たそがれ。売品の首飾りや耳飾りが簾《すだれ》のように下っている軒の間から爆発したような灯が透けていた。その並び店の中の一軒だった。骨董品《こっとうひん》店があった。もとよりニセ物のビザンチン石彫の破片やエトラスカの土焼皿などもあって外人相手の店には違いないがその列《なら》んだ品物のなかにこの葡萄の蔓模様の鉄の取手があったのに加奈子は心をひかれた。模様の蔓と葉が中世紀特有のしつこく武骨な絡みかたをしていて血でもにじみ出そうで色は黒かった。その時は有り合せの硝子皿に取りつけてあったが外《は》ずして何《ど》の皿の提手《とって》にすることもできた。加奈子はこれを買った。そして、これにつり合う皿を独逸《ドイツ》××会社の硬製陶器から見つけて一つの提げ皿に組立てた。日本へ帰ったら第一にお豆腐を自分で買いに行こう。おそらくあんな古典的な食物はない。お豆腐をこの容物《いれもの》へ入れてわたしの丸い手がこれを提げた姿を気狂いのお京さんに見せてやろう。そしたらお京さんはひょっ
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