付き、折り返して1字下げ]
――いまあたしにはこの手だけがほんとに物を握ってるように感じられるだけよ。
[#ここで字下げ終わり]
そう言ってお京さんはさめざめと泣いた。上げ潮の芥に横転縦転する白い鴎《かもめ》がビール会社の赤煉瓦《れんが》を夕暮にした。寂しい本所深川のけむり。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――とにかく西洋人というものをよく見きわめて来てあげましょう。
[#ここで字下げ終わり]
せめてこういうのが加奈子のお京さんに対するたった一つの慰めだった。
加奈子は欧洲の三都に移り住むごとにお京さんには簡単な手紙を出した。お京さんからは殆んど返信はなかった。然《しか》しいざ帰るというしらせを受取ると、子供のように早く早くという帰朝の催促状をよこした。そしてところも加奈子の家から七八町ばかりの裏町に家を借りて母親と住み出したらしい。アンリーは事情を承知して其の儘お京さんの病気が癒って戻って来るのを、ひとりのままで待っているという。
電車の通ったあとの夕闇に光ってごうごうと鳴る線路をゆるく駆けて通るときに、どうしたはずみか慄えて手提げのなかの豆腐にくぼみが出来た
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