のをそのままにして向う横丁へ入ってお京さんの家を染物屋で聞くと、直ぐわかった。竹垣の外にちゃぼひばのある平家《ひらや》で山田流の琴が鳴っている。加奈子は格子を開けて言った。
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――お京さん。あたしよ。帰ってよ。
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 すぐ琴がとまった。
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――アントレ!
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 そして飛びついて来たお京さんの勢いで折角《せっかく》の豆腐はこなごなになった。お京さんの病気はまだすっかりなおって居ない。そして少し気の狂った病的な円熟が中年の美女のいろ艶を一層凄艶にして居た。
「あなたに逢って何もかもうれしい」
 そして、そこの襖《ふすま》を開けて出て来た少年に向って言った。
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――喜与司さん、このお方のお手々に握手なさい。
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 加奈子の丸い手が少年の濡れてるように、しなやかな小さい手と握り合った。加奈子はそれがさっき加奈子のあとを二度目につけた少年であることを発見した。



底本:「岡本かの子全集2」ちくま文
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