達は不思議な美にうたれた。
 まわりのものの心配するほどのこともなく二人は日本人同志の新郎新婦のように順当に半年を過した。アンリーの覚束《おぼつか》ない日本語。お京さんの覚束ないフランス語。その失敗だけが面白そうに友達に報告された。
 半年を過したある日のこと加奈子は萩の餅を持ってお京さんの家を訪ねた。お京さんはテーブルの上で万年筆で習字をして居た。女学校で使った横文字の古い習字の手本が麻のテーブル掛けの上に載っていた。お京さんは萩の餅をフォークで西洋皿に取り分けながらいった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――異人さんはやっぱり異人さんね。
[#ここで字下げ終わり]
 取り分けた皿を三角戸棚の中へ蔵《しま》いに行くときお京さんの和服の着ようの腰から裾にかけてのしまりが無くなっていたのに加奈子は気付いた。西洋人の女優の扮するお蝶夫人の恰好になっていた。加奈子ははっと思った。それから行くたびに何かかにか愚痴が出るようになり、程なく遂々《とうとう》お京さんはアンリーから逃げ出した。行先を知っているのは母親と加奈子だけだった。父親は母親に押えられて強《しい》て居所も訊かなかっ
前へ 次へ
全34ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング