なかよすとか死ぬとかしそうにはありませんかね。
――まあ、どうして。
――いえね。もしそんなことでもあったら一つ向うへ押し渡って豆腐屋でも始めようと思いましてね。男っていうものは割合に変りもの好きですからね。飽きさせないようにするのが一苦労ですよ。とてもうちにはこどもなんか生れそうもありませんからね。
[#ここで字下げ終わり]
 加奈子はこんなおしゃべり婆さんのところにいつまでもいたくなかった。早くお京さんに逢い度かった。お京さんへの土産《みやげ》に買って来た伊太利《イタリー》フローレンス製の大理石のモザイクが小さな箱に納まったブローチとなって加奈子のポケットへ忍ばせてあった。加奈子は婆さんのおしゃべりに飽き飽きして片方の手をコツンと箱にさわらせた。そして一方の手で豆腐をいれた皿にはめた黒い鉄の提げ手を取った。加奈子のショールの外へ出た丸い手の薄皮にはほんのり枝を分けて透けて見える静脈が黄昏《たそがれ》を感じて細くなってる。貧しい町を吹きさらして来た棒のような風が豆腐を慄わせる。加奈子は何となしの悲哀に薄く涙のにじんだ眼で眺めて、崖の上のテニスコートに落ちる帰朝後四日目の太陽を惜《おし
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